2015年5月15日金曜日

次回の読書会は5月20日(水曜日)です

 TOSMOSでは、5月20日(水曜日)には下記のとおり「読書会」をおこないます。

「読書会」では、報告者が要約レジュメなどを作成して報告をおこない、その後でテキストの内容をめぐってみんなで議論します。

次回のテキストは中根千枝著『タテ社会の人間関係――単一社会の理論』(講談社現代新書)です。520(水曜日)におこないますので、ぜひお気軽にお越しください。また、読書会は2回に分けて開催します。第1回目(520日開催)は第1章から第Ⅲ章(94ページまで)を扱います。なお、第2回目(日程未定)は第Ⅳ章から最後までを扱う予定です。

「読書会」では、テキストの指定範囲(今回は第Ⅰ章から第Ⅲ章まで)を事前に読んできて頂けると、より深い議論ができるので望ましいですが、テキストを読むことができなかった場合でも参加して頂いて大丈夫ですので、お気軽にご参加ください(できればテキストは、書店や図書館などで事前に入手して、ご持参頂けると幸いです)。

皆さんのお越しをお待ちしております。

日時:2015年5月20日(水曜日)19時00分~21時00分頃まで

場所:キャンパスプラザB312(部室)

※なお、部室(キャンパスプラザB棟)へのアクセスについては、下記のリンク先の地図を参考にしてください。


事前の申し込みは必要ありません。直接、会場(部室)までお越しください。

テキスト:中根千枝『タテ社会の人間関係 単一社会の理論』(講談社現代新書)

報告者:TOSMOS会員

事前の申し込みは必要ありません。直接、会場(部室)までお越しください。参加費は無料です。

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 TOSMOSは、現代社会の様々な問題について、その本質を究明し、解決の道筋を考える東京大学の学術文化系サークルです。
 国際情勢、国内情勢、政治、経済、科学、生命倫理など、さまざまなテーマに関して、学習会、読書会、合宿などを通じて理解を深める研究活動をしています。もし多少でも興味がありましたら、一度わたしたちの活動を見学してみませんか?TOSMOSでは現代社会について一緒に研究する新入会員を募集しています。
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さて、5月12日(火曜日)のTOSMOSの学習会に参加の皆さん、お疲れ様でした。とくに報告者の方は詳細な報告をありがとうございました。当日の学習会のタイトルは《フセイン政権の亡霊イスラム国――カリフ制国家僭称の背後にある不平スンニ派イラク人による擬制国家という本質》でしたが、いかがでしたでしょうか。最近でもマスメディアなどで大々的に取り上げられ話題となっている「イスラム国」ですが、その実態には謎が多く、決定的といえる見解はまだ示されていないのが実情ではないでしょうか。そうしたなか、報告者は、イラク・フセイン政権の元情報部関係者でイスラム国の元幹部ハジ・バクル(後に暗殺される)が残した資料(「バジ・バクルメモ」)をもとに、「イスラム国」の実情に迫りました。「イスラム国」の組織形成過程からシリア奪取へ至る戦略過程など、「イスラム国」の全体像を浮かび上がらせることができたのではないでしょうか(なお、報告者は「イスラム国」とは呼ばずに、アラブ人が使っている蔑称「ダーイシュ」を用いましたが、ここでは「イスラム国」で統一します)。

 ここでは、当日の報告の簡単なまとめを試みます。

【Ⅰ 「イスラム国」の急速な進撃の背後にあった戦略】

 まず、2014年から急激に勢力を拡大した「イスラム国」ですが、他のテロ組織ではありえなかったような「快進撃」はいかに可能だったのか、と問います。2011年にシリアが内戦状態となり、2012年に米軍がイラクから撤退したことで、勢力の空白地帯が生じました。その間隙をぬるかたちで、先述のハジ・バルクらは、シリアを前線基地にして、イラク西北部を支配下に置きました。これは、占領するかなり前の時期に、ハジ・バクルが、シリア国内でオフィスを設けて情報収集に務め、「イスラム国」がその後占領地とする地域にスパイを送り込んでいたことが功を奏したといえるのではないか、と報告者は見立てます。

彼が収集した情報は、①有力部族の列挙、②その部族の中の有力者の名前、③対象村落における反体制派部隊の名前と規模、④それら部族の指揮官と政治的志向の把握、⑤彼らを恐喝する際に口実となるシャリーア(イスラム法 イスラム教徒の宗教的・現世的生活を具体的に規制する法)に照らし合わせて違法な行為の把握、などとされています。

 この内容を見る限り、単なる暴発的なテロ集団とは異なり、旧フセイン政権の時代の統治方法を想起させると報告者は評します。単なる烏合の衆とは明確に異なることがわかるでしょう。

【Ⅱ 「イスラム国」のという呼称】

 そこで、「イスラム国」を現在自称している政治組織の特徴を浮かび上がらせるために、もうひとつのイスラム主義集団である「アルカイダ」との比較を試みます。アイルカイダは、米軍による中東介入を十字軍の侵略と規定し、米軍に対して戦闘をおこなうことをムスリムの義務だとし、多くの「聖戦士」をさまざまな戦場に送り込むという、ジハード主義を掲げるスタイルをとっていました。

他方、「イスラム国」はカリフを中心とした宗教国家を標榜しつつも、組織の内実を構成しているは旧フセイン政権の元幹部などの関係者であり、そのほとんどがアラブ民族主義を信奉していると思われます。自らのテロ行為を「仮想戦争」を表現したアルカイダと異なり、「イスラム国」は、シリアにおいては自由シリア軍およびクルド系武装勢力を具体的な敵と定めています。なにより、「イスラム国」の前身が「イラクとシリア(ジャーム)のイスラム国」であったように、アルカイダのように世界規模で活動するのでなく、ローカル(地域主義的)志向であり、「地に足のついた」活動をおこなっているのが特徴だといえるでしょう。

 さらに、報告者は「狂信的な信仰と冷静な戦略的計算という本来対立するあり方を組み合わせたこと」が「イスラム国」拡大の秘密のひとつだとします。いわば「戦略的過激主義」といえるでしょう。また、イスラム主義を標榜することで、旧フセイン政権支配層の利益追求という実態を覆い隠すことになっているようです。

【Ⅲ 中央集権的な組織構造】

 「イスラム国」は、組織分散的なアルカイダ系組織とは異なり、中央集権的支配を特徴としています。すなわち、「イスラム国」の意思決定はカリフであるバクダディが政策決定をし、シューラという有力者の評議会がその決定を諮るという形式をとっているとされています。

報告では、先述のハジ・バクルが残した指揮系統のドラフト図を参照しながら、組織がそれなりに精緻に設計されているばかりか、各評議会員を監視する情報部も考慮にいれていた点などを確認しました。

 さらに、「イスラム国」が世界に点在する小国家よりも広域地帯をそれなりに掌握できている行政組織のあり方にも目を向けました。すなわち、支配地域の住民からの税の取り立てや石油関連施設の運営などによる資金獲得方式のあり方に注目します。この点は、多くのテロ組織が場当たり的な収奪やサウジなどのテロ支援国家からの支援に頼っているのとは対照的です。このような支配体制が継続的に可能となっているのは、「イスラム国」がいまだ残存する部族社会に介入し、シェイフ(部族長)を懐柔しているからだと考えられます。報告者はこれを「パトロン-クライアント関係」とします。このことから、旧フセイン政権時代の支配形態を学習していたことが推測できます。「イスラム国」は、石油収益の一部を部族長とその周辺に分配することで自分たちへの協力を取り付ける一方で、自分たちに反抗的な部族には懲罰として襲撃するという、「アメとムチ」を巧妙に使い分ける戦略をとっています。

【Ⅳ 幹部層の構成員】

 「イスラム国」が多様な人材で構成されていることに対しては、報告者は「キャンプ・ブッカ」という刑務所の存在が大きいと指摘します。すなわち、この刑務所が結果的にテロリスト同士に顔合わせの機会を提供し、「イスラム国」の母体になるテロ組織が結成されていたということです。しかし、アメリカは多くの「危険人物」を抱えた刑務所を、米国はイラク新政府に管理の引き継ぎをおこなうことなく、彼らを野に放つという、非常に問題ある対処をします。

 さらに、「カリフ」となったバクダティについては、「イスラム国」に「宗教的な装い」を与えるために祭り上げられた、操り人形的要素が強く、彼自身が実質的な権力を握っているかどうかは疑問があると、報告者は分析します。

【Ⅴ 強固な財政基盤】

 メディア等では「イスラム国」の財政基盤は石油にあるされ、米軍を中心とする有志連合は石油関連施設を空爆で破壊しています。しかし、報告者は一連の空爆による効果に疑問を投げかけています。なぜなら、油田がひとつ使用不可能なったら、新税をもうひとつつくれば問題はないからです。すなわち、「イスラム国」の資金源は、支配地域の住民からの徴税、周辺国との石油などの密輸入そして「イスラム国」運営のローカルビジネス(たとえば、インターネットカフェの提供)から構成されており、その自活的な財政と複合的で柔軟な資金源が、米国などの空爆の効果を大きく減じているといえるでしょう。

【Ⅵ パンドラの箱を開けた米国】

 そして、「イスラム国」の興隆の要因として、米国のイラク戦争における戦略上ミスがあると報告者は指摘します。太平洋戦争後の日本占領統治の場合と異なり、イラクには強固な部族主義が残存し、この構造を克服しないうちに、米国はフセイン政権のみを破壊したため、「一気に分裂的傾向が優位になった」とします。

報告者は、米国はイラク復興に対して責任ある行動をとらなかったと指摘します。つまり、米国企業への利益誘導に腐心し、現地住民のインフラ事業は放置され、外国企業主導の事業は現地の雇用を生み出さず、失業による社会不安を高めることになります。政治的社会的混乱のひとつに、米国の稚拙な中東政策にあるといえます。

 さらに、フセイン政権時代の政権・軍上層部が不満を持ったまま下野し、かつ実際に地方行政に携わってきたバース党員やイラク軍の下士官・兵士がなんの保障もなく公職追放を受けたことに、米国の重大な過誤がありました。

【Ⅶ 「イスラム国」の今後】

 最後に、「イスラム国」の今後を考えました。報告者は「イスラム国」は「もしかしたら一時はサイクス・ピコ協定の軛(くびき)から脱し、かつシーア派の脅威から自由なスンニ派アラブ国家を建設すると本気で考えていたかもしれない。」としながらも、現実世界に及ぼす影響を過大評価はできないとします。すなわち、欧米諸国はもちろん、アラブ・ムスリム諸国も公式に「イスラム国」を承認することはありえず、その支持は欧米諸国の一部のムスリム移民やムスリム諸国の一部の不平層に顕著に見られるだけであり、これ以上の領土拡大には難しいだろうとします。

それでも、「周辺国と欧米諸国との力関係・利害関係の間隙にあって、シリア北部とイラク西北部に居座り続けることであろう」し、「しばらくはシリア・イラク人に苦悩の日々をもたらす」であろうともいえます。「イスラム国」の存在自体がシリアのアサド政権の存続を助け、シリア内戦を「より解決不能な状態」にする一方で、イラクでは宗派対立の克服を困難にし、近代国家確立を不可能にさせているのです。その意味で、「イスラム国」をめぐる情勢に明るい展望を見出すことが難しいと、報告者は述べて、報告を終えました。

 以上、かなり乱暴ですが、今回の学習会の報告のまとめを試みました。われわれは「イスラム国」と聞くと、宗教・宗派対立の側面にばかりに目が行きがちですが、宗教問題など人間の意識のあり様は経済的・政治的事情によって大きく規定されています。今回の報告は、いわばその下部構造に目をむけ、その構造の解析にあえて限定して論じたところに、特色があるのではないでしょうか。
 
 日本政府は昨年の集団的自衛権容認の閣議以降、米軍と共同行動をより広い範囲で行動できるように施策を進めているだけに、「イスラム国」はどこか遠くの話とはならなくなっています。また、今年の日本人人質殺害事件以降、わたしたちの「イスラム国」など中東情勢についての関心は高まっています。それだけに、どのような視点からこの複雑で理解が難しい中東情勢に切り込んでいったらよいのか、難しいところではないでしょうか。それだけに、わたし(飯島)は、今回の報告は非常に有意義なものだと思われました。
 
 引き続き、「イスラム国」の動向に注視していきましょう。

【文責:飯島】