2012年10月26日金曜日

次回の学習会は10月30日(火曜日)です


現代社会研究会(現社研)の皆様、10月22日(月)の学習会はお疲れ様でした。特に、報告者の方はご苦労様でした。

今回の学習会も、テーマが「安楽死問題」ということで、報告者はオーストラリアの哲学者ピーター・シンガーの著書『生と死の倫理  ――伝統的倫理の崩壊』の分析をおこないました。以下、その報告の模様を簡単に触れます。

この著書によると、われわれは伝統的死生観の崩壊により、「生命の神聖性」から「生命の質」への移行に直面しているとのことです。例えば、脳死・臓器移植に関しては、シンガーの主張することによれば、①まだ生きている(体温も通常で、心臓の拍動もある)状態の脳死の人から臓器を取り出す(すなわち、死に至らしめる)ことには心理的抵抗がある、②前述の状況への対応として、便宜的に「脳死=人の死」とすることで、死人から臓器を取り出すという妥協点に収束する、③そもそも「脳死=人の死」と定義する必要などない。生きている人間を殺す(臓器を取り出す)ことは必ずしも問題ではない(倫理革命によりそれが可能になる)、ということになります。 

「脳死・臓器移植」や「安楽死」や「妊娠中絶」さらに「自殺幇助」ですら積極的に容認するシンガーが唱える「倫理革命」とは何でしょうか? シンガー自身の言葉によれば、「人命がすべて神聖であるという伝統的な見解では、私たちが直面する一連の問題に対処できない。新しい世界観に立てば、斬新で有望な取り組み方が可能になるだろう」とのことです。この主張は、「脳死・臓器移植」や「出生前診断」や「延命治療」などをめぐる医療技術の格段の「進歩」という現実を踏まえて、生命倫理のほうをその現実に合わせるという論理展開をしています。つまり、帰結主義的であり、功利主義的といえるでしょう。 シンガーによれば、「積極的安楽死」も「消極的安楽死(尊厳死)」も「自殺」も結果は同じであり、そもそもこれらの区別は意味がなく、いずれも容認できるという立場になります。

功利主義的ともいえるシンガーの立場は、シンガー自身が語っていることですが、J.S.ミルの自由に関する議論や経験論者であるジョン・ロックの「人格」の定義にまでさかのぼることができるかもしれません。ミルは「文明社会の各成員に対して、たとえ本人の意思に反しても権力を行使しうる唯一の目的は、他の成員に対する危害を未然に防ぐことである。」と語り、「他の成員に対する危害」を加えない限り何をしてもよいという(自殺を含む)「愚行権」を容認する根拠とすることも可能です。さらに、ミル以前の哲学者であるロックは「人格」を「理性と反省能力とを持ち、時と所を異にしても自分を自分として、同じ思考をするものとしてみなすことのできる存在」であると定義しています。この上述のミルやロックの議論を踏まえつつ、シンガーは「人格だけが生き続けることを欲し、将来についての計画を有する。人間ではなく人格のみが生存権を有する。だから、人格を持たない人間は生存権を有さない。」などという主張を展開します。しかし、「動物のほうが人格のない人間の心よりもはるかに人間的だ」というシンガー主張は、たとえ論理展開がクリアーであっても、その主張するところは非常にトリッキーで深刻な問題を抱えています。 

シンガーに対しては様々な批判があるでしょう。当日の報告者はそのひとつに功利主義批判を取り上げました。すなわち、「功利主義においては結果における『結果』が重視されるが、他人に不幸をもたらすこと自体によって得られる効用もある。これらの効用をどのように扱うのか。」ということです。たとえば、脳死・臓器移植(脳死判定があいまいな場合)は、他人(ドナー)に不幸をもたらす(おそれがある)こと自体によって、自分(レシピエント)が効用(臓器の提供)を得る場合がある。この場合、いかに考えるべきかという批判です。

といいますか、そもそも医療技術の高度化にともない、それとまったく歩調を合わせるようにして倫理自体を書き換えることが可能だとするならば、もはや(生命)倫理は倫理として存在しえないような気が個人的にはします。これはもはや倫理の刷新というよりも倫理の放棄なのではないでしょうか。

障害者の人権を否定しかねない、優生思想にもつながるシンガーの主張(優生思想そのものかもしれませんが)は、しかし、著書『生と死の倫理』がオーストラリア出版協会賞を受賞していることからも明らかなように、受け入れられてしまっています。そのような議論を受け入れる素地がわれわれの社会の側にあるということには注意を払いたいところです。 

次回も引き続き「安楽死問題」を取り上げます。奮っての参加を求めます。

次回の学習会のお知らせです。 

●日時:10月30日(火曜日)18時30分〜

●場所:キャンパスプラザB312(現社研の部室)

●テーマ:安楽死問題
 

※次回の学習会は通常どおり18時30分開始となります。ご参加される方はご注意ください。

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<文責:飯島>